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『沈黙‐サイレンス‐』『たかが世界の終わり』


最近映画館で観た映画、『沈黙‐サイレンス‐』『たかが世界の終わり』。

『沈黙‐サイレンス‐』

二子玉川の映画館に到着したのは上映時間ぎりぎり、小走りで席についたものの予告が10分以上あったので冒頭を見逃すということは回避。

遠藤周作の小説『沈黙』を映画化したのはマーティン・スコセッシ監督。
時代は17世紀の江戸時代、長崎では幕府による激しいキリスト教弾圧を隠れキリシタンたちは受けていた。その長崎で消息を絶った高名な宣教師フェレイラ、弟子のロドリゴとガルペは彼を探すためポルトガルから日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。

宣教師フェレイラをリーアム・ニーソン、ロドリゴを『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールド、ガルペを『フランシス・ハ』『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(あと『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』)のアダム・ドライヴァーが演じる。
日本俳優陣は、浅野忠信、窪塚洋介、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮など。
ベテランどころもいつつ、ヒップな俳優が揃って新鮮なキャスティング。特に我の強いガルペ演ずるアダム・ドライヴァーと”ユダ”的存在で主人公を惑わし続けるキチジロー演じる窪塚洋介は、映画を支配する重苦しい空気に風穴を開けているように思えた。

歴史の授業で教わった「隠れキリシタン」「踏み絵」、その惨劇がスクリーンいっぱいに展開する。あらゆる方法での拷問、殺戮。次々と死んでゆくキリシタンたちは、ひどく貧しく虐げられている。彼らの住む村の家屋は佗しい藁葺き屋根で、身にまとう着物はつぎはぎだらけ。縄文時代かと思ってしまったほど。一方、幕府の人々は清潔で立派な着物を纏っていて、想像通りの江戸時代の人々。その差に愕然とする。

「答え」と「救い」を求めても、与えられるのは「沈黙」。
主人公ロドリゴと共に過酷な体験をする2時間41分。

P.S.
江戸時代の自然豊かな日本を再現したロケ地は、台湾。ニュージーランドかと予想したものの、違った。

公式サイト

『たかが世界の終わり』

グザヴィエ・ドラン監督作、第69回カンヌ国際映画祭でグランプリ受賞。監督は現在27歳で今作は6作目。
作家として成功しているルイは、疎遠になっていた家族の元へ「あること」を告げるために帰郷する。そこで展開するのは濃密な室内劇。

ギャスパー・ウリエル演じるルイは、柔らかい雰囲気をまとったインテリ美男子。一方ルイの家族は対極的で、常に互いをののしり合い騒がしい。家は美しい自然に囲まれているものの寂れた田舎であり、出口のない行きづまり感がある。ルイは自信の才能をもってこの家を出て、残された家族たちは「影」の存在になる。
家族たち─母性が暴走気味の母、ルイを崇拝する妹、ルイの存在に苛立つ兄、受身な性格ながら必死に家族たちを落ち着かそうとする兄嫁。それぞれがルイと二人で対話する機会があるが、ルイは相手の話を聞くのみで、自分の気持ちを言葉にはしない。それはまるで懺悔室の出来事のよう。

劇中、つねに流れ続ける音楽。それはクラシックだったり、ポップスだったり、能天気なダンスミュージックだったり。その音楽は場を和らげるために流れているようだけど、そのシーンの感情とマッチしている。音楽のボリュームがあがると感情がクローズアップされ、すっぽりと「闇」に落ちる。

劇中曲で印象的だった曲はGrimesの「Genesis」。カナダのゴスな宅録エレクトロで、なぜか胸がすっとした。


Grimes – Genesis


Natural Blues. Moby.


L’étreinte


Une Miss s’immisce – Exotica (Françoise Hardy Cover)

公式サイト